地方で働きながらの不妊治療!満身創痍

30代後半、地方で働きながら取り組んだ不妊治療の記録です。

14.妊娠確認後-①記録的大雨、止まる公共交通機関、地方は辛いよ

 激務、体調不良、大地震など、血反吐を吐くような思いをしながら受けた3度目の体外受精の結果、何とか妊娠に至ることが出来た私。

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しかし、喜びもつかの間、その後も色々大変だった。

 

 まず、妊娠3ヶ月の安定期に入る迄、2週間に1回程これまでの不妊治療クリニックに検診に行かなければならなかったのだが、それは平日に限定されていた。

要は、土日の貴重な診察日は治療を受けている人を優先するということだ。この点については心から納得したし、そうあるべきだと思った。

が、事前に日付が決まっているとは言え、治療で年休をかなり使っており、さらに月に2回程年休を取り続けるのは結構きつかった。そしてその通院には電車で片道3時間かかるのだ。

 

 胎嚢は1回目の検診(5週目)で無事確認できたものの、私は子供が無事育っているのか、という恐怖に常に憑りつかれていた。

かなりの苦労を経ての妊娠であった故、ここでもし流産してしまえば次どうなるか分からない…と考えずにはいられなかったのだ。

気持ちとしては、近場の病院であれば毎日通院して子供の無事を確認したかった。検診が待ち遠しいとまではいかないが、それに近い思いがあった。

けれども検診は怖い。

もし子供がお腹の中で死んでいたら…と思うと、そのことを知るのが怖くてたまらなかった。

この相反する考えが常に思考の一部分を占めていた。

 

 そして、事件が起きたのは2回目の検診の時(7週目)だった。検診は金曜だったので、木曜の夜実家に帰り金曜の検診の後、土曜は実家で休んで日曜にゆっくり地方の自宅に戻る予定だったのだが…検診のあった金曜の夜、記録的な大雨が地方の自宅周辺を含む広い範囲を襲ったのだ!

自宅にいた夫によると、自治体からの避難準備通知がバンバン携帯に入ってくるほどだったそうな。。。問題はその大雨が脆弱な地方の交通インフラを一部破壊したことだった。実家から自宅へ続く長い長い鉄道が部分的に、そして広い範囲で、溢れた川に浸かったり山から崩れた土砂や木に通せんぼされたりで、鉄道の復旧の見通しが中々立たなかった。そして、本数が少ない高速バスは既に予約で一杯になっている。

 

 さらに、タイミングが悪いことに、その土曜の夜から突如強いめまいと吐き気に襲われ出した。そう、それが悪阻の悪夢の始まりだった。土曜の深夜にお手洗いで目が覚めた時(それ自体凄く珍しい)強いめまいがあったのだが、疲れが溜まっているのだろう…と、その時は無視して眠りについたが、翌日の日曜の朝、めまいと吐き気で起き上がることが出来ないほどの情況に陥ってしまったのだ。

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 職場には本当に申し訳なかったが、家族を含めて車の運転が出来ないため、日曜は自宅に戻る手段が一切無かったことや悪阻の経過を見るため、月曜にも急遽年休を取ることになった。結局、自宅への鉄道は月曜も復旧せず、悪阻は全く治らずだったが、もう会社は休めない…ということで、なんとか予約が取れた夕方の満員の高速バスで4時間近くかけて帰るはめになってしまった。

次の日には鉄道が復旧する見込みだったのだが、これ以上急な年休を取るわけにはいかなかった。込み上げてくる吐き気、揺れる満席のバス…まさに地獄のような4時間だった。

 移植の時は地震で検診では大雨かい!

何という災害尽くしだろう。。。