地方で働きながらの不妊治療!満身創痍

30代後半、地方で働きながら取り組んだ不妊治療の記録です。

15.妊娠中期-③里帰り出産する病院

 時は少し遡る。

 妊娠12週で不妊治療クリニックを卒業する際、転院先の病院と、(希望者のみ)里帰り出産のための病院を伝え、紹介状をもらわなければならなかった。

仕事で来た居住地の地方都市には頼れる親族もおらず、そこでの出産は産後の生活に不安があったため、里帰り出産をすることは決定事項だった。

が、広い地域に1つしか産科が無い居住地とは違い、都会にある実家の近くには沢山産科の病院(入院できる病床が20床以上)やクリニック(入院できる病床が20床未満の医院)がある。

どこで産もうか…それが問題だ!

国立の大学病院、公立病院、有名な系列の総合病院、地域密着型のクリニック、セレブ系の贅沢クリニック etc より取りみどりだ!

選択肢があるなんて何て素晴らしいのだろう!

 

 実は私には夢があった。それは、セレブ系のクリニックで優雅で快適に美味しい食事を楽しみながらゆとりのあるお産ライフを満喫することだった。

そういう所では入院中はフランス料理が出たり妊婦用のマッサージなどもあるらしい!

こんなに、こんなに、しんどい思いをして不妊治療を受けているのだから、もし出産にこぎつけられたら少々お金がかかっても贅沢をしてやる!』

と、苦しい苦しい治療中、私は密かな野望を抱いていた。

そして、ついにその"時"が来たのだ!

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  でもそんな私の野望は夫にも両親にも不評だった。理由は

『30代の中盤というか後半というか、という年齢の私のお産には常にリスクが付きまとう。最初からどんな状況にでも対応できる設備の整った病院の方がいいのではないか。

ということだ。

正論である。ぐうの音も出ない。正論の前に私の野望あっさりと終焉を迎え、現実と向き合い、リスクヘッジを取る方向へ舵を切った。ということで、結局、実家から車で10~15分位の総合病院での出産を決めた。ご飯、美味しいのかな、まずかったら嫌だな。なんせ病院だしな…。遠のくフランス料理。

 

 不妊治療クリニックを卒業した段階で、里帰り先の総合病院でのお産の予約はしていた。しかし、妊娠が20週に入った頃、その病院へ検診に行かなければならなかった。居住地の病院からの転院をスムーズにするために、このタイミングで一度検診に来てほしいと言われてしまっていたからだ。

  本当は行きたく無かった。

というのも、命の水(レモン水)の登場で、慢性的な脱水症状からはやや脱出できたとは言え、悪阻の症状はまだまだ重く、無事長距離移動出来る自信が無かったし、片道3時間程かかる実家近くの病院にに行くために、また会社を休まなければならない。不妊治療で年休が本当に残り少ない中かなり痛い。ただ、出産のため…と言われてしまうと、行かないという選択は無い。

 

 不妊治療の開始から不妊治療クリニックを卒業するまでの間、頻繁に利用していた実家に2ヶ月ぶりに帰宅した。母は私の想像以上にやつれた様子に少しびっくりしたそうだが、適切に悪阻に悩まされる私に合った食事を用意してくれた。やっぱり実家はいい…。こういう時、本当に頼りになる。実家が近くにあれば、私はもっと楽なのに…。異動させてくれなかった会社が、憎い…。

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 里帰り先の病院での検診は順調だった。同じ総合病院ということで、居住地の病院と雰囲気も似ていたが、先生達がなんか凄い優しい!混み具合がまだマシ!混み具合がマシな分、一回の診察に余裕があるにだろうか?それとも競争の原理があるか無いかの違いなのだろうか…。ヘタレで根性無しの私は、これからの診察もずっとこっちがいい…。と思ってしまった。でも無理だ。産休に入って里帰りするまでの我慢だ。。。里帰り先の病院の先生は私の悪阻の重さと減った体重がほとんど戻っていない中で、居住地の病院の先生が入院や安静の措置等を検討しないことに、少し 驚いているようだった。『悪阻は病気じゃ無い、休んでも治らないって言われちゃいました。』と言うと『スパルタですね。。。』と、、、でも、病院の互いのスタンスに口を出さない方針からか、それ以上どうこう言われることは無かった。うへぇ…。

 

 検診は金曜だったので、土日実家でゆっくりして、夫の待つ家に帰った。今度は地震も大雨も無く順調に帰れてホッとした。 

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