地方で働きながらの不妊治療!満身創痍

30代後半、地方で働きながら取り組んだ不妊治療の記録です。

11.5.小噺−②病院について

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 まさか体外受精まですることになるとは思わずに始めた不妊治療。2度の胚移植にも失敗し、結構来る所まで来た感が満載だったのだが、ここまで来て思った事は、『最初から専門病院に行っていて本当に良かった!』ということである。私が治療開始時から通院していたのは、不妊治療ではかなり有名なクリニックだった。

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 患者の総量規制も無く、大勢の患者が押し寄せる大手故に、診察が機械的だという口コミも見られたが、設備や技術は国内屈指のもので、ここまでの診察・施術・様々な検査が一つのクリニックで出来た点は本当に良かったと思う。診察のシステムにはすぐ慣れたし、治療がステップアップしても転院する必要が無かったので、医師との関係の再構築や検査のし直しなど、余計な時間とお金のロスによるストレスを感じることが無かった。

 体外受精まで対応している病院は実は限られている。産科の大規模病院で不妊治療を掲げていても、体外受精は取り扱っていないというケースが結構あるのだ。私の住んでいる地方にはもちろん取り扱い病院は無かった。通い易さを考え近所の病院に行っていたとしても、通院の負担が増大する体外受精の段階で、都会の病院に転院せざる得なかったのである。結果論ではあるのだが。。。

 あくまで私の経験上の意見なのだが、ある程度年齢がいって時間的余裕があまり無い人は、最初から不妊治療に専門性のある病院の門を叩いた方がいい。と、思う。年齢によって成功率が変わってくるのに、妊娠のチャンスは順調でも年に12回しか無い不妊治療は、時間との戦いだからだ。専門病院は都会に集中しているため、こんなことを言ってしまうのは私のような地方住まいには難しいことかもしれないが。。。

11.5.小噺-①体外受精の費用 お金がない!

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 ちょっと重いお話が続いたので、小噺を挟みます!

 

 不妊治療あるあるで、たくさんの人が既に記事にしている内容だが、体外受精はえげつない費用がかかる。不妊治療開始時に受けた卵管造影検査や血液検査などで10万円以上かかっただけでも目玉ぽーん!状態だったが、体外受精はその比では無い。ここまでの2回の採卵→移植を通じ、各治療でかかった費用はざっと以下の通りだった。

 

 事前の薬や自己注射約5~10万円

  ※排卵誘発方法の違いでかなり違ってくる。

    ↓

 採卵に約15万円

  ※全身麻酔だとさらに約2~3万円。

    ↓

 採卵で卵子を採取できれば受精・培養に約10万円

  ※精子の運動率が悪く顕微授精になると倍増!

   本当に倍額になる。

    ↓

 初期胚(胚培養3日)を凍結せずに移植すれば約5万円

 培養を続け胚盤胞にする場合胚盤胞培養費約3万円

    ↓

 胚盤胞移植費約5万円

  ※胚が複数取れたら嬉しい反面さあ大変!

   凍結するのに約5~10万円

   移植のための解凍毎に約2万円

    ↓

 妊娠判定までの薬一式血液検査の判定約1~2万円

 

    ※私が治療を受けていた当時の数字。

      自由診療なのでクリニック毎に違い有り。

 

 結果、初期胚を凍結せずに移植した1回目約40万円、胚盤胞まで培養し複数個の凍結→解凍→移植に至った2回目約60万円、交通費を除く!最低限の必要経費でこれ位かかった。お金が本当に飛んでいった。さらに、妊娠率をアップさせるあれやこれやに、万単位でお金かかった。お金・時間共に制限がある中治療を続けていると、少しでも成功率が上がって、これで治療が終了するであれば…と、1~3万円程のオプションを色々付けてしまうのが人情というものである。正に、ギャンブル!

 治療費の支払いの度に本当に涙目になっていた。私はまだ実家がクリニックの近くにあったので宿泊費はかからずに済んだが、往復6時間の交通費だけでも痛かった。しかも、クリニックでも長時間拘束されるため、お昼代やペットボトルなどの飲み物代がどうしてもかかってしまうのだが、それも地味にかさむのである。さらに、体外受精で仕事を休みがちになると、どうしても仕事でサービス残業が不可避になっていった。そこで、これまで何とか手作りしていた夕食が外食や出来合いのお惣菜に頼りがちにならざる得ないなどして食費が爆上がりするなど、二次的な出費もかさんでいった。

 不妊治療には国や自治体から一部助成が出るのだが、年齢や回数の制限に加え、夫婦の年合計所得額が730万円以内の世帯に限るという所得の制限もあり、30代後半の正社員フルタイムの共働きだとこれにひっかかってしまう確率が高い。しかも、金額も十分では無く、1回目で最大30万円、以降最大15万円と、屁のツッパリになる程度である。

 ここまでお金をかけて2回目の移植もダメだった時、お金の面から考えても、治療をいつまで続けるのか、という問題も現実味を帯びてきた。『お金がない!』織〇裕二のドラマじゃ無いんだよ!とつっこみを入れたくなるような状況で、結婚して治療を始める迄の1年間、夫婦でコツコツ貯めた貯金がどんどん減っていった。そして、治療を始めてからは、治療費でほとんど貯金が出来ていなかった。資金的な限界もヒタヒタと近づいてくる…。

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11.2度目の移植-③移植結果

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 移植の結果は陰性だった。妊娠していなかった。
 がっくりした。期待をかけていただけあって、今までで一番がっくりした。結果を告知された直後は何も考えられず、涙もでず、ただ手が震えていた。お腹の中にもう赤ちゃんがいるかもしれない、と、移植から11日間、様々なことを気遣いながらもワクワクしていただけに、張り詰めた凧の糸がぷつんと切れてフラフラと飛んでいってしまっているような気分だった。先生も『今回は妊娠しても良かったんですけどねえ…。』と言った後、言いにくそうに、『今回の高グレードの胚盤胞でもダメだったということは着床障害の可能性もあります。』と続けた。ただ、いくらグレードが高くても100%の成功は無い。今回もたまたま妊娠に至らなかっただけかもしれず、着床の問題があるかどうかの診断を下すには、専用の検査(全部で10万円以上かかる)を受ける必要がある旨伝えられた。グレードの高い胚盤胞がいくつか得られたとは言え、着床障害があるならばこのまま移植を続けても妊娠に至る可能性は低い。貴重な胚盤胞は一つも無駄にはできない。このまま移植を続けて様子を見るか、専用の検査を受けるかの2択が突きつけられる状況となってしまったわけだ。

 様々な関連の検査に疲れ、辟易していた私は、着床の検査を受ける気にはどうしてもなれなかった。高額だったということもあるが、とにかく不妊治療に疲れ果ててしまっていた。移植を続けるか着床障害の検査を受けるか…。

 同じくショックを受けていた夫とその場で話し、もう一度移植をしてだめだった時は着床障害の検査を受けようということになった。『次の移植がダメだった時、また大金をかけて新たな検査を受けなければいけないのか…。』そう思っただけで心が重く沈んでいくような気分になって、倒れこんでしまいたい気持ちになった。

11.2度目の移植-②移植にかける期待

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 仕事のバタバタと通院で体力的・精神的な消耗は激しかったが、今回の移植にかける期待は大きかった。なぜなら今回移植するのは初期胚よりも分裂が進んだ胚盤胞胚盤胞に分裂するかどうかも分からない、微妙なグレードの初期胚を移植するしか無かった前回とは違うのだ。着床しさえすれば妊娠できる!しかもその胚盤胞はG5 AAという、ほぼ最高グレードのものなのだからおのずと期待は高まるというものである。 

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  恐らく不妊治療あるあるだと思うのだが、前回の採卵結果が出た頃から、私はGoogle先生の検索魔になっていた。もちろんワードは『胚盤胞 移植 グレード 成功率』だ。元々調べごとが好きだった私は検索にのめり込み、様々な専門クリニックのサイトだけで無く、関連の論文的なものまで読みまくった。どうやら、グレードによる成功率は諸説あるようだ。その中でG5 AAの胚盤胞だと50%位の確率で妊娠に至ると記載されているものをいくつか見つけ『あまり期待してはいけない。』と夫には話しつつ、内心はかなりの期待をかけていた。葉酸サプリの摂取はもちろんのこと、飲食物の管理、体を冷やさないための服装、ストレッチ体操など、仕事でかなり疲弊し、時間もかなり限られる中、少しでも成功率が上がるならと、妊娠判定の日まで、出来ることは思いつく限り取り組んだと思う。

 移植日の前日は、何とか定時で職場を飛び出し、ギリギリで実家方面への最終電車(出るのは夕方)に飛び乗り、実家に泊まり、できる限り疲労を取り除いた状態で移植に臨んだ。移植に向かう前に食べたのは某有名店の豚カツ(¥3,000)!勝ち負けでは無いが、今度こそ勝つぞ!という、かなり前向きな心持ちだった。

 そして移植を受けてから11日後、血液検査による妊娠判定のため、夫とクリニックに赴いた。その結果は…。

11.2度目の移植-①治療と仕事のどっちつかず

 1ヶ月の休止期間を置いた後、胚盤胞移植のため、服薬などの準備が移植予定日の半月ほど前から始まった。採卵と移植を同月に行った前回と違い、移植のみであったのでまだ少し心に余裕が持てた。 

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 とは言え、薬の服用開始のタイミングでの1回の通院後、移植に向け1週間程の間に2回の事前診察と移植、その10日後に血液検査による妊娠判定を受けねばならず、1ヶ月の間に計5回の通院を要した。調整可能な範囲で土日やせめてその前後に通院日設定し、仕事と体力の負担を軽減できるよう、医師と都度相談しながら診察予約を入れていたが、結局4日程、会社を休まざる得なかった。これじゃあ採卵の時と変わらないじゃん!と思いつつも、自己注射が無いことや、既に胚盤胞を得られていたことから高い確率で移植にチャレンジできる点はまだ気楽だった。前回のように採卵と移植が同時だと、移植可能な胚が得られるかどうかも分からないのに移植に向けた服薬等をしなければならない。不妊治療とはまさにギャンブルなのだ。そういう意味では、前回は回転式ジェットコースター、今回は乗り物に乗ってるだけで終わるお化け屋敷位の差があった。

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 妊娠の成功を願うなら、仕事のことは気にせず、各段階でベストなタイミングで通院するべきだが、年度当初より落ち着いたとは言え、依然仕事は多忙を極めており、治療にのみ注力することは不可能だった。幸い、担当医師は私の状況に理解を示してくれ、治療に影響しない範囲での調整に応じてくれたが、治療と仕事、両方が半端でままならない状況の中、『一体何のために治療をしているのか。私は本当にこれでいいのか。』と自問自答しながら通院を続けざるを得なかった。

 さらに、直属の上司2名が軽やかに去っていったため、次の新しい上司達にまた事情を話し、治療をしながら業務に取り組むことへの理解を求める作業を一から始めなければいけなかった。前の上司から引継ぎをしておくとは伝えられていいたが、異動ができなかった経緯やその後の発言などから、あまり状況を理解してもらえているとは思えなかったので、どうしても自分の口から説明をする必要性を感じていた。しかし、もともと人には話し辛い内容である。既に体外受精にも一度失敗していることや、治療の終わりが見えないことなどを話すのは、思った以上にしんどいことだった。

10.胚移植の小休止期間-③4月、取り残された職場で多忙を極める

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 4月になった。予想通り、いや、それ以上に多忙を極める職場を、直属の上司達や私以外の班員達は笑顔で爽やかに去っていった。

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 採卵のための薬の影響で子宮が腫れていたため、治療を1ヶ月休むことになったのは結果的には良かったと思う。班員の大幅な入れ替えと新規事業立ち上げが重なった4月の業務は混乱を極めていたからだ。とても年休をとって通院できるような状況では無かった。

 不妊治療や父親の病気という事情を抱えながらも異動できず、私の心は完全に折れ、抜け殻状態であったが、それでも期限付きで仕事は次々やってくる。というか、激務と言っても差し障り無いレベルだった。体力的にというより精神的に本当にきつく、毎晩泣きながら夫と退職について話し合った。いや、話し合いなどでは無く、自暴自棄になった私が不満と不安を夫にぶつけていただけなのだが…。

 もともと、働くことが好きだった私は、この時本当に悩んでいた。少なくとも1年の地方残留が決まり、今後の治療をどうするかということに改めて向き合わねばならなかった。いままでのような無茶な通院生活はもう続けられない。限界だ。しかし、年齢的なこともあり、治療を1年休むという選択肢は無かった。かと言って、このままの生活を続けて妊娠できる気がしなかった。ただ、ここで仕事を辞めて治療に専念しても、子供ができる保障は無い。もしそうなった場合、残りの私の人生に一体何が残るのだろうか?年齢的に一度辞めてしまうと同様の仕事に就くことは難しい。別の分野の職を探すにしても、条件は非常に厳しくなるだろう。でも、このまま仕事を続け、子供を持つことが出来なければ、仕事を続けたことを絶対に後悔する。どちらの選択もとにかく怖かった。

 唯一の救いは、そんな中でも夫は非常に冷静だったことだ。私が退職してしまった後、お金のかかる不妊治療をどう継続するのかということを説き、自暴自棄の状態で退職することを思い留まるようこくこくと説得してくれた。恐らく治療のせいで同じく異動できなかった夫が冷静さを保ちつつ、情緒不安定な私を支えるのは本当に大変だったと思う。その点について、本当に感謝の気持ちが絶えない。

10.胚移植の小休止期間-②異動という希望と絶望

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 私の会社では4月の人事異動が一番多い。かくゆう私も次の4月の異動で元の勤務地へ戻れることへの希望に胸を膨らませていた。元々期間限定の地方勤務であったし、異動が可能な最低限の年数は勤務したし、何より不妊治療や、その他実父の病気(不妊治療を始める前に発症)などの事情を明らかにした上での異動希望だったため、実現する可能性はそれなりに高いのではないかと期待していたのだ。通院と仕事の両立で、心身ともに限界を迎える中、異動によって実家近くの元の勤務地周辺に戻り、片道3時間通院の負担が軽減されることは、私の大いなる希望の光だったのだ。

 しかし結果は…異動無し!告知後の私はただただ号泣するしか無かった。

 ただでさえ辛い不妊治療に片道3時間の通院という負担が付加された苦労に耐えられたのは、我が子を腕に抱くという目標と、通院の負担が次の4月には軽減されるという希望によるところが大きかっただけに、張り詰めていた糸がぷっつりと切れてしまったのだ。し・か・も、直属の上司2名を含む私以外の班員の多くが異動という結果で、新規事業を立ち上げつつ、新体制を迎える中で、今まで以上に私の負担が増えることは目に見えていた。会社が私の不妊治療を潰しにかかっている…と、本気で思わずにはいられなかった。

 早速、同じ会社の同地域の他事務所に勤めている夫に連絡をとった所、夫も異動無しとの告知をされたとのことだった。私よりも早くこの地域で勤務していた夫は、通常であれば元の勤務地に帰る時期で、同じタイミングで異動してきた同期のほとんどは帰任してしまい、一人地方に取り残される形となったとのことであった。確かに治療のために夫婦同居できる地域での勤務を希望していたが、配慮をするのはそっちじゃなくて!!!と人事に詰め寄りたい気分だった。

 自分は異動が決まって単身赴任生活に終わりが見え、ルンルンになっている上司と面談し、異動が出来なかった理由について確認した所、『異動可能な最低限の年数は勤務しているが、一般的な異動可能となる期間には後1年足りておらず、また、他の異動者との調整の結果致し方無かった。夫と一緒に居れる点には恐らく配慮してもらっておいて、どんな不満があるのだ。』とのことだった。このまま治療が長引くと勤務の継続は難しく、退職せざる得ない可能性もある旨伝えた所、『そこまでの状況ならば何故人事が固まり始める1月頃に話をしなかったのか。』と、私のせいにされるようなことを言われ、頭がくらくらして目の前が真っ暗になったのを今でも覚えている。そもそも、近々治療がステップアップする見込みであることは1月に伝えていたし、どの程度の通院になるのかは状況次第だが、勤務地からでは仕事との両立が難しくなる可能性が高い旨伝えたが、しかしその時『まだ起こっていないことを考え始めると身動きが取れなくなるので、仮定の話はやめよう。』と言ったのは上司自身だったのだ。さらに、その上司は私の年休の許可も出しているため、2~3月に私が頻繫に年休を申請していることを知らないはずも無いのだ。

 当該地域での勤務の一般的な任期には確かにあと1年足りない状況ではあったが、私の勤務年数で帰任する人はいたし、会社内の当該地での勤務者数が多数派というわけではないため、事情を抱えた私がここに居続けなければいけない理由は普通に考えて無いように思う。不況で私の世代の新卒採用に、えげつないほどの抑制をかけていたため、会社は人材不足になりつつあることや、今までの働きから、退職勧奨をくらっているということは恐らく無い。明るく人当たりの良い顔を持つ上司の本音は、自分の在職中に部下に辞められては困るが、だからと言ってその部下のために尽力する気はあまり無かったということなのだ。ようは保身である。それとも、休み時間やサービス残業、持ち帰り仕事で、何とか仕事を回してしまっていたことで、『このままでも何とかなる』と思われてしまったのだろうか。。。

 元の勤務地域に戻ることで、通院にかかる時間が軽減され、会社を休む頻度も減れば、会社へかかる迷惑も軽減されると考えていた。だからこそ、あと1年現在の勤務地で頑張れと言われても、これ以上何をどう頑張ればいいのか分からなくなった。ここまでの仕打ちを会社はするのかと絶望した。治療のための退職を強く強く意識した瞬間だった。私はこんな会社のためにこれから頑張っていけるのか…